永遠なれ、切り取れ。
すごく、久しぶりに投稿。
3月入って、研修が始まったせいでPCを付けるのがなかなかにめんどくなってしまった。
ロンドンの記事(あと写真取り込んではっつけるだけ)とか、日本史論文解体(信長論の半分まで進めた)とか、ネタはあるんだけどね。
あと、卒業したので、京都の思い出とか。
うん。書きたいこと結構あるなぁ。
ま、今回は2月の読書録を。
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①ウラジーミル・ナボコフ、野島秀勝 訳2013『ナボコフの文学講義(下)』河出文庫
ジョイスはまず一人の完全で絶対的な人物、神のみが知り、ジョイスのみが知っている人物を取り上げ、それからそれを断片に崩して、小説の時間空間一面にその断片をまき散らす。良き読書はこれをらパズルの破片めいたものを集めて、徐々に組み合わせる。いっぽう、プルーストは人物の性格、個性というものは絶対的なものとしてではなく、常に相対的なものとして認知されると主張する。彼は人物をこま切れにせず、人物が彼についてほかの人物たちの考えをとおして存在していることを示す。プルーストはこれら他の人物たちのプリズム矢掛を連綿と描出し、その果てが一つの芸術的現実に結合することを欲している。
(pp.80)
②森浩一2016『天皇陵への疑惑』森浩一著作集第5巻、新泉社
考古学者、森浩一。
私が1回生のころに亡くなってしまった。
翌年の、同志社でやってた森浩一展、見に行ったなぁ。
表題の「天皇陵への疑惑」のほか、「形象埴輪の文化史」、「遺跡の保存」の3部構成。
考古学の対象が遺跡の一語につきる以上、現在では保存の対象も遺跡に焦点をあわすべきであって、それを便宜的に埋蔵文化財などと呼び、対象をはぐらかすのは 時代錯誤。【中略】遺跡を保存しようとする以上、それは土地に密着した不可動なものということを認識すべき。
(pp.205-206 「遺跡の保存をめぐって」)
中略以下は、卒論で書いたことと似たようなことを書いた。もっと早く知っていればなと思う。
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古代史入門(4/207)
大津透2013「古代史への招待」大津透 他編『岩波講座日本歴史 第1巻 原始・古代1』岩波書店
はじめに
世界史的な共通問題=国家の成立
→日本においては、天皇制の成立と不可分。
「中国という古代文明の周縁においていかに形成されるか」
史料の少なさ。
一 石母田正『日本の古代国家』
→戦後の古代史研究最大の成果。
第1章:国家成立の要因としての国際関係
第2章:大化改新=氏姓制度にもとづく王民制から人民を地域的に編成する公民制への転換を目指した
第3章:税制の面から国家成立は浄御原令によって完成
第4章:首長制こそが第一次的、本源的生産関係
⇒「大化改新は伴造制度的秩序を否定して国造的秩序を選択し、それにより国家=領域支配を成立させた」
二 律令制研究の意義と展開
古代史研究の一つの基礎。
律令制研究は律令条文の分析が基礎。日本律令が継受法である以上、その母法である唐律令条文との比較が前提。
戦前、仁井田陞が唐令の復原を進める。
その後、池田温を中心に、日唐令の比較研究の成果が得られた。
三 天皇号と「日本」
天皇号
・堀敏一:天子に代わる号として。
・吉田孝:推古朝の為政者が、『史記』の王に代わる称号を考えさせたと言う記事を参考にした。
日本
「倭」に代わるもの。
7世紀後半では、日の昇るところ、極東と言う意味。
四 儀礼への関心と官僚制研究
儀礼研究
C・ギアツの「劇場国家論」などの文化人類学の進展により国家を、儀礼を通して一体感を、あるいは支配-被支配を確認する一種の共同幻想という視点から捉えるようになった。
王権論-宗教・文化・神話などからのアプローチ。
・早川庄八:祈年祭の班幣祭祀から近畿政権の本質に迫る
→のち、神祇祭祀を律令国家に位置づける試み。
律令官僚性研究
中心テーマ-官司研究や考選制度
・早川庄八:桓武天皇の画期性、文書よりも口頭伝達(奈良時代)
五 摂関期の国制
古記録(=日記)を用いた摂関期の官僚制や財政制度、受領などの解明
天皇や摂政・関白を中心に、公卿が連合または分担して太政官機構を中心に政治にあたる。中級貴族は受領に任じ、全国を統治。中下級貴族は中央官司にあたり、全国支配していた。
おわりに
・溝口雄三
「おおやけ」=「大きいヤケ」
地方豪族の建物であると同時に、共同体が帰依する中心
・吉田孝
「ヤケ」=経営体、と修正
共同体は首長によって代表されるという古代日本のあり方-在地首長には共同体的機能
「公-私」という切り口
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