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猫も杓子も。

わかりあえない、なんて知ってるわ。

右手と左手。

 
 
「運命」て信じる?
 
 
 
なんだ、唐突にと思ったでしょ。
 
いつも、そんなもん。
 
で、信じる?
 
私は、私の話をすれば、もう6~7年そんなこと考えていなかった。
 
つまり、6~7年前に、考えてたことがあったということ。
 
当時付き合っていた人と、「運命は必然説」とかなんとかで、意気投合してた。
 
中学生のガキが。
 
いま考えたら、当時なに考えていたのかよくわからないんだけど。
 
多分、自分の選択の答えは予め決まっていて、それの積み重ねでここまで来た、ということを考えていた気がする、お互いに。
 
 
 
 
と、まぁ、こんな黒歴史みたいなものを、『セレンディピティ』て映画観ながら思い出したって話。
 
以下、ネタバレ?あり。
 
 
 
カシミヤの手袋から始まって、スケートしたり、セレンディピティでお茶したりしたけど、結局連絡先をゲットできずにお別れしたジョナサンとサラ。
 
数年後、お互いの結婚式直前になって、今まで全く噛み合わなかった歯車がいきなり合いだす。
 
5ドル札の裏に書いたジョナサンの連絡先とか、古本の表紙裏に書いたサラの連絡先とかを、このときになって発見する。
 
そして、二人ともニューヨークを駆け回るけど、結局会えずじまい。
 
婚約解消したジョナサンは失恋したと、スケートリンクで寝転がっていたけど、そこにサラが現れて……。
 
で、終了。
 
 
 
まどろっこしいし、なんとなくラストが見えてるので、めちゃくちゃ面白いとかじゃない。
 
でも、運命に懸ける熱量はすごいと思った。
 
人間が宇宙と調和して生きるためには 古代の人々が言う "フェイタム"を信じる必要がある それを我々は"運命"と呼ぶ